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映画『フルメタルジャケット』を批評できない

最近、映画見てないなぁと思ったのでとりあえず『フルメタルジャケット』を観たのです。

 

「…なんだこの映画は」という、ぶっ飛ばされたような気分になりました。ぶっ飛ばされてしまったので、自分で批評するとか、ものを考えるということを放棄してしまった。そんな映画だった。

 

 

『フルメタルジャケット』前半と後半

画像こちらから。

とにかく、この映画といえば前半なのです。何が凄いかって、ハートマン軍曹ですよね。映画について無知もいいとこの、僕ですらこの人のことはなんとなく知っています。とにかく、口が悪い。お下劣な罵詈雑言を、ひたすら新兵に浴びせ続ける、びっくりするほどの鬼軍曹。口が悪すぎて、なんだか笑えてくるほどです。僕も漫画を描いていて、かなり汚いセリフをつけることは多いですが、ハートマン軍曹の直球ぶりには恐怖すら感じます。

 

 

『フルメタルジャケット』という映画で僕がびっくりしたのは、このハートマン軍曹の出番が前半で終了してしまったことに他なりません。もう、「あれ、もう終わんのこの映画?」と思ってしまった。そのぐらいあっさりと、割と短めの尺で、ハートマン軍曹は退場してしまう。

 

 

で、後半はといえば、ベトナム戦争の現場に舞台がうつっていくわけです。「ホント戦争は地獄だぜ!」の人とか、後半でも有名なシーンはあるのですが、ハートマン軍曹が僕たちに与えてくれたあの衝撃的な罵倒はかえってこないのです。唯一、主人公であるジョーカーが、皮肉のきいた掛け合いをするシーンなんかはありましたが、悪口雑言の化身である軍曹には到底及ばない。

 

 

ここまでハートマン軍曹が大好き、ってことしか書いてないわけですが、もちろん僕はレナードも大好きです。あの「ちょっと足りない」感じ。お前なんで志願したんだよ…と言いたくなるほどのクソっぷりを披露するレナード。軍曹に怒りにふれるあまり、連帯責任で周りが迷惑をこうむった結果、リンチされて追いつめられ、ついには狂人となってしまったレナード。

 

 

このレナードの顛末だけでも、一本の映画として見ごたえがあるテーマが描けるもんでしょう。普通は。キリングマシンを量産する、狂った教育の過程で、脱落してしまったレナード。これだけでも、戦争や軍隊といったものがいかに非人道的なシステムか、というメッセージを込めた作品とすることが可能です。

 

 

でも、そうならないのがこの映画の「うわ、わけわかんねぇ」ってとこなんだと思う

 

 

人によっては、「後半いる?」って思っただろう。僕も最初観たとき、そう思った。なんならちょっと寝そうになった。

 

 

『フルメタルジャケット』後半の冗長さが示すもの

スタンリーキューブリックが『フルメタルジャケット』で言いたかったのは「ベトナム戦争という戦争がどういう戦争であったか」ということではないのでしょう。どこで読んだかは忘れてしまいましたが、ベトナム戦争に対する世論は反対が多数だったようで、「何のためにやってるかわからん戦争」と感じていた人間が多かったそうな。「戦争」というものの捉え方が変わった、ターニングポイントともいえる出来事だったとも解釈されてるようです。それだけ、歴史上でも特殊な戦争として位置づけられています。

 

 

で、『フルメタルジャケット』で描かれたベトナム戦争。キューブリックはこの映画を、自分が住んでるイギリスで全部撮影したのだそうです。リアルな戦争映画ではあるし、画として説得力はもちろんあるのだけど、現地で撮影するだとか、そういったリアリティは志向されていないことがわかります

 

 

その辺の撮影背景も踏まえると、『フルメタルジャケット』は、「戦争ってめっちゃ空虚で、その上頭オカしい」という感覚が、全編通してビンビンに伝わる映画になっている。これは、単純な「戦争反対!ピース万歳」みたいな映画とは異なる。

 

 

僕は戦争映画って、『プライベートライアン』ぐらいしか観ていないので、あまり分析が出来る方ではないです。しかし、『プライベートライアン』は、戦争というものをものすごくドラマチックに描いていた。それはキャラクターの感情だったり、哲学のようなものが端々から伝わるような脚本、演出があったからです。だからこそ、ラストの一転攻勢が「戦争ってこんなもんよね」と、哀愁をもって響くのです。

 

 

『フルメタルジャケット』は、アタマからラストまで、空虚な感覚が残る。冷たいコンクリートの兵舎から、最後のミッキーマウスの行進まで、すべて。もちろん、ジョーカーという主人公に必要最低限フォーカスした作りになっているから、ジョーカーの成長や変化を楽しむという観方も出来るでしょう。でも、僕はそういう観方ができなかった。

 

 

むしろ、前半で置き去りになったレナードとハートマン軍曹の存在が、頭から離れないまま、エンディングまでズルズル行ってしまった感じでした。

 

 

でも、それで『フルメタルジャケット』がクソ映画だと言うつもりもないし、『プライベートライアン』の方が優れている、とか言いたいわけでもないのです。むしろ、『フルメタルジャケット』に感じた冷徹さは、とても俯瞰した視点で見た戦争を描いていたからこそなのだと思う。

 

 

『フルメタルジャケット』を戦争映画と言うことは出来るのだけど、この映画は「戦争」を描くというよりも、たまたま戦争を題材にしただけで、より遠い視点で「単なるひとつの出来事」を映画にした作品のように思える。描いているのは戦争だけど、そのテーマとしてはシステムと人間がぶつかる軋轢だったり、もっと広くて普遍的なものだ。そしてそれが、普通の映画より可視化されている。

 

 

テーマのない作品ってあまり無いと思います。しかし、普通テーマというのは、読み解いてはじめて分かるものです。『フルメタルジャケット』で僕が感じた衝撃の正体は、「戦争映画見よっと」と思って見始めたら、テーマ丸出しのグロテスクさにビビらされた、みたいなことだったのだと思う。生き物でいったら、骨や内臓がいきなり丸見えの状態。

 

 

キューブリック作品は、『時計仕掛けのオレンジ』しか観ていないのですが、あの作品もかなり「丸出し」だった印象を受けます。そういう監督なんだろうと分析するには、判断材料が少ないですが。とにかく、心に残る作品ではありますし、何より面白いです。ちょっと時間が経つともう一度観たいと思える映画でした。

 

 

というわけで、僕は『フルメタルジャケット』を批評できない。なんか、もうよくわかんないのだ。後半のつかみどころのなさに面喰ってしまった。ラストで、ベトコン少女の懇願にジョーカーがこたえるシーンなんかは、まぁそういう感じかという印象なのですが。難しい映画だ。

 


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